京都市内に構えた工房で、昔ながらの手作業で桶を制作する近藤太一さん。人々の生活や価値観が移り変わった戦後、多くの伝統工芸品と同様に、桶もその影響を大きく受けてきました。日常生活での桶の出番は少なくなり、またカンナの製作を手がける職人さんも減っています。そうした状況を受け、近藤さんは今後の道筋をどのように描いているのでしょう。
■生活必需品からもてなしの道具へ
日常生活で桶を見かけることは今では少なくなりました。一方で、趣味やこだわりのアイテムとしての桶には注目が集まっているように思います。
―師匠から聞いた話では、昭和30~40年には、京都市内だけでも300軒の桶屋があったそうです。ご飯はおひつに入れ、水は手桶で汲み、たらいで洗濯するように、桶が多用されていた時代があったと。それが、プラスチックや琺瑯(ほうろう)製品の普及により状況は一変しました。僕がこの仕事を始めた約20年前には、京都で桶を作っているところは3軒ほどになっていました。
さまざまな代用品が登場したことで、桶は生活必需品ではなくなってしまった。
―そんな時代の中で、それまでの無骨な桶とは違い、良質な材を用いた美しいデザインの桶が好まれるようになっていきました。生活必需品としての桶から、もてなしや演出のための桶へと、ニーズが変わっていったんです。例えば、お料理屋さんや旅館さん、お寺さんなどは、軒先に水を撒く時にポリバケツでは具合が悪い。一般の方であっても、特別な日には寿司桶でちらし寿司を作ったり、祝い事の日におくどさんで炊くお赤飯はおひつに入れる、などとこだわられる方も京都には多いです。なるべく薄くて、軽やかで、はんなりした佇まいが良いなど、そうした方々のリクエストに応える形で作り手の技術も洗練されていったのでしょう。
近藤さんもこだわりの道具として、吉野杉や木曽の椹を使ったぐい呑みを作られていますね。
―原案は、師匠のお父さん(中川亀一さん)。小さくても上質な木桶と同じ技術が詰まっているし、遊び心も感じられるし、お酒を入れたら樽酒のように美味しくなる。それらが評価され、考案した当時に大ヒットしたそうです。
2014年にはD&DEPARTMENT代表のナガオカケンメイさんからの依頼で「おけマグ」を作られていました。コップとしても器としても使うことができる、絶妙なサイズ感の桶。蓋もついていて、何を入れるか考えるのが楽しくなりそうです。
―ぐい呑みもおけマグも、製品自体は小さいですが、通常の桶と同じ材料と手法で作っています。ですから、実は大きいもの以上に、精密さや技術が要るんですね。例えば、底板を打ち込む際にはちょうど良い圧力がかかるように打ち込むんですが、小さな製品だとその「ちょうど良いゾーン」がもう本当にピンポイントなんです。誤差が許されない、という。
D&DEPARTMENT KYOTO SHOPでは、桶について学び、桶を使うことで感じられる味の変化を体感するワークショップも行っておられましたね。参加者からはどんな感想がありましたか?
―皆さん、そこまで変わるもんかなって最初は思っていたけど、やっぱり味わいが全然違った!という意見が多くて嬉しかったです。その時は、寿司桶でちらし寿司を作ってみんなで食べました。酢飯はステンレスのボールや焼きものの器などでも作れるんですが、やはり寿司桶で作ると、熱がさっと引くし、水気を適度に吸ってくれるので、つややかな美味しい酢飯ができる。その寿司桶に代わるものが、今のところないんですよ。それが、今も一般家庭に寿司桶が残っている理由だと思います。
提供:D&DEPARTMENT
提供:D&DEPARTMENT
桶は生活必需品ではなくなったという話がありましたが、現在においても、桶でないと出せない味は確かにある。そこには、これからの桶作りのヒントがあるように思います。
■技術も道具も。次の世代に繋ぐために
伝統工芸の世界では、道具製作を手掛ける職人さんも減りつつあり、技術が途絶えたりもしています。桶作りに使うカンナにも同じことが言えるのでしょうか?
―そうですね。もうなかなか新品では買えないので、カンナは駆け出しの頃から10年以上かけて、骨董市や古道具屋に通い、古い道具やパーツを少しずつ集めてきました。100年前のものなどもあります。古いものは傷みも激しく、土台を直したり、刃を交換するなど、修繕には時間がかかりますが、仕事をしながらコツコツと直しています。二度と作れない道具などもあるので、できるだけ使える状態にしておく。もうこれはレスキューだと思ってやっています。カンナは徐々に増えて、職人1.5人前くらいの数にはなったと思います。
いずれお弟子さんを、という思いはあるのでしょうか?
―はい。今は僕1人でやっていますけど、将来的には若い世代の方に技術を引き繋いでいけたら、と思っています。これまで長く続いてきた技術ですし、僕にも教えていただいた責任があると思うので。若い方々に関心を持ってもらうためにも、やはり実演とかワークショップなどの「桶作りを見られる機会」は増やしておいた方がいいと思います。僕もこの世界に飛び込むまで、全く見たことがなかったので。
技術と道具。桶作りを次世代に繋ぐために、そのどちらも準備されている。今後、作ってみたいものなどはありますか?
―よく聞かれる質問ですが、僕らは職人なので、基本的にはお客さんの注文に応えていくだけかなと思うんです。時代に合わせて新しい何かを、とも考えますけど、そもそもお客さんの注文が時代に合わさっているんです。寿司桶を小さくしたいとか、こんなんほしいとか、みなさんのリクエストに僕らは技術で応える。それがもう自然と、時代に合ったものづくりになっていると思います。とはいえ、新しい商品のアイデアはあるんです。自分発信のものやアイデアを形にするのも今後はやっていかないと、と思っています。
桶は大きな転換期を迎えていますが、これからも近藤さんは自分の仕事に向き合い続けるのみ、という印象を受けます。「自分の仕事に責任をもち、一つ一つの工程を正確に」ひとつの桶から、私たちは大事なメッセージを多数受け取ることができる。そのことを教えていただきました。
桶屋近藤 https://oke-kondo.jimdofree.com/
近藤太一Instagram https://www.instagram.com/kondotaichi?ref=badge
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